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ynkby's blog

正しく考えるというのは難しい

慰安婦問題紛糾の原因について 事実問題とは別の点

 事実がどうだったかとは別の点にも、紛糾の原因があると思う。ひとつは、慰安婦問題に対するそもそもの関心、もうひとつは、国に責任を帰属させる基準の問題である。

 女性への暴力・差別を扱う女性問題として慰安婦問題を取り上げるのであれば、慰安婦問題を国による強制連行の有無に限定することは、問題の矮小化なのかもしれない。つまり、たとえ国が強制連行の命令を発していなくとも、強いられた女性がいたということ、あるいは慰安婦という存在こそが解決されるべき問題なのかもしれない。他方、国による強制連行を謝罪し賠償せよとの要求にどう対処すべきかという政治問題・外交問題として慰安婦問題を扱うなら、国による強制連行の有無こそが問題の核心になる。

 この問題関心の違いの影響を受けるのが、責任帰属の問題である。これは、謝罪・賠償あるいは悪いといえる基準をどう設定するかということである。基準は色々考えられる。例えば、①国が強制連行せよという命令を発していれば謝罪すべき、あるいは悪いという基準である。他にも、②民間人による強制を防げなかったのであれば謝罪すべき、あるいは悪いという基準、③強制されてきたにもかかわらず保護しなかったのであれば謝罪すべき、あるいは悪いという基準、④慰安婦を禁止しなかったなら謝罪すべき、あるいは悪いという基準、⑤何らかの関与があったなら謝罪すべきという基準など、いくらでも考えることはできる。もちろん、謝罪・賠償の基準と、単に悪いと評価する基準は、同じではないかもしれない。いずれにせよ、どういう基準を採用してどう判断しているのかを明示することは話をかみ合わせるのに重要であろう。

 慰安婦問題を扱うときは、事実をどう考えているのかとは別に、女性問題として語っているのか外交問題として語っているのか、国への責任帰属についてどのような基準を採用しているのかについても明示すべきだろう。