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ynkby's blog

正しく考えるというのは難しい

なぜ日本人は市場原理を嫌うのか 『福翁自伝』

新訂 福翁自伝 (岩波文庫)

新訂 福翁自伝 (岩波文庫)

 

日本には反資本主義の精神が底流している。とするならば何が原因か、という問題である。富の象徴・一万円札の肖像・福沢諭吉にその原因を見る。
 
幕末から明治にかけて、当時のインテリは洋書を翻訳し、日本の西洋文化への対応に大きな役割を果たしたのだが、その際に、様々な翻訳語を作った。現在の日本語は、この時期につくられた言葉が多くを占める。
 
本書は、そんなインテリの一人、福沢諭吉の半生を福沢自身が口述したもので、アグレッシブな福沢を味わえる。
 
ある日諭吉は幕府の偉い人から西洋の経済学の本を訳してくれと頼まれた。それを訳す中で、「コンペチション」という言葉に出会った。その翻訳語として「競争」を作り出した。訳し上げ、幕府の偉い人のところに持っていくと、「争い」というのは穏やかでない、とクレームをつけられた。
 
諭吉は、だから幕府はダメなんだ、と切って捨てているが、事はそう単純ではない。争いごとを嫌がるのは、幕府の人間だけでなく、和をもって尊しとする日本人一般の性向なのだ。その日本人に「競争」など、挑発以外の何物でもない。「競争原理」を「和の原理」の日本人がどうして受け入れるのか。
 
問題は訳語にある。「切磋琢磨」とでも訳しておけば良かったのだ。「争」は、戦争、紛争、抗争と、ろくなことがない。「論争」という言葉もあるが、日本人のディベート嫌いが垣間見えるようだ。