ぐるぐる思考よ、さようなら―気持ちがのびのびとする心のストレッチ
- 作者: 野村総一郎
- 出版社/メーカー: 文春ネスコ
- 発売日: 2002/04
- メディア: 単行本
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本書は、解決策が得られない形で思考が固まってしまうことから起こる症状を扱う。例えば、大量の仕事に追われ疲労困憊してるのに、休むと仕事が片付かないから休まない、ということを続けて、消耗は進みなおかつ仕事の能率も落ちていく。仕事を手伝ってもらえばいいのに、そういった選択肢は見えなくなっており、泥沼化していく。このように解決策にたどり着けない形で凝り固まってしまった思考を、著者は「ぐるぐる思考」と名付ける。著者は、この凝り固まった思考を解きほぐし、問題解決へ患者を導いていく精神科医である。
ぐるぐる思考の一つが、レッテル型と著者が名付けるもので、間違ったものを問題の原因と確信しているため、解決できない状態にあるものだ。例えば、家族への不満、つまり心が原因で心身に不調が出ているのに、身体に病根があると思ってしまうケースである。この場合、原因である家族関係を解決しないと不調も改善しないのだが、そこに注意が向かないので、的外れな解決方法を模索してしまう。著者は、心が原因ですとずばり伝えても、はあ?となるだけとみて、患者の考えは否定せずに、心も関わっているんだよとうまく説いて、ぐるぐる思考を回避し、家族関係に目を向けさせ、解決への道筋をつけていく。家族関係の再構築だ。
精神科医の仕事は説得なのだなとその技量に感じ入ったわけだが、それはともかく、著者は、人間関係を修復してやり直すには、あきらめも必要と指摘する。そして、日本では西洋思想の中途半端な影響を受け、あきらめが絶望に直結するケースが増えていると憂えている。もともと日本人は、前向きなあきらめが得意だったのに、と。
なぜ絶望になるのか。中途半端な西洋思想の影響とは何なのだろう。それを、とりあえず、個人とは尊厳あるもので、個人が完成態となることが最も重要だとする思想としてみよう。自己を完成させることが最重要事項とする考え方だ。よくいう自己実現とか、自分探しというのは、最重要課題たる、あるべき完成態を求めることなのだ。
とすると、あきらめるということは、完成態になることを断念するということを意味するのかもしれない。最重要事項である自己の完成が不可能になったのなら、絶望してもおかしくない。
一方、従来の日本では、社会的な役割を果たすことの方が重視されたのではないか。そこでは、あきらめとは、社会不適合状態をやめ、役割を果たせるよう臨機応変に次に向かうことだったのかもしれない。
つまり、絶望へのあきらめとは、最重要課題である自己の完成の断念であり、前向きのあきらめとは、世の中への適応に向けた再出発なのだ。