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正しく考えるというのは難しい

日本語は和の精神に合う言葉 『日本語と外国語』

 

日本語と外国語 (岩波新書)

日本語と外国語 (岩波新書)

 

 

議論をするとき、日本語より英語でしゃべる方が明解になるという感覚を持つ人がいる。

 

本書は、日本語には漢字が不可欠で、漢字の扱いをおろそかにすると、重大な影響を与えかねないと考えている。漢字との関連で日本語の特徴が指摘される。

 

発音に関して。まず、音素が少ない。23個。対して、フランス語は36、ドイツ語は39、英語は45らしい。さらに、音節構造が貧弱である。日本語の場合、子音の使い方は、子音+母音という形しかない。英語には、子音を母音の後ろに持ってくることもできるし(an)、子音のみを重ねて使うこともできる(ant)。ということで、日本語は、音による表現のバリエーションが他言語に比べ格段に小さい。

 

これを補っているのが漢字である。日本語は多言語に比べ格段に同音異義語が多い。音のバリエーションが少ないから。にもかかわらず、大したコミュニケーションの混乱が起きないのは、漢字を想起できるからだ。成果、製菓、青果というように混乱は生じない。こういった特徴を見て、筆者は日本語をテレビ型言語と言う。音声と映像の二つを駆使して日本人はコミュニケーションをとっているのだ。とすると、ソシュールなんかは音声マンセー言語学のような印象だがそれでいいのだろうかと思ったりもするが、それはともかく、もう一点、日本語の特徴が挙げられている。

 

意味について。抽象度が高い。例えば「なく」は、生物の言語的な意味を持たない発声を意味するらしいが、英語では、cry、weep、subなどなどたくさんある。動物の鳴き声も、牛の場合、馬の場合、羊、ロバ、小鳥、蛙、それぞれに異なる単語が用意されている。日本語はそこまで細かい単語はない。

 

これを補っているのが漢字である。泣く、鳴くである。これが同訓漢字の存在意義である。漢字を使って意味をより細かく具体化しているのである。

 

このように意味が抽象的だとすると、同じ言葉で合意したつもりが、より詳細に具体的に考えたら一致していなかったということがあるかもしれない。「かたい」と言ったとき、石の様に固いhard、肉が噛みきれないtough、結び目が固いfast、ねじが固いtight、決心が固いfirm、筋肉がこわばったstarkのどれなのかを誤解してしまうかもしれない。英語を使う方が明解だというのは、こういう事情かもしれない。仕事を齟齬く進めるために必要な程度にまで具体化されないまま合意してしまったりするのかもしれない。

 

これはまた、詳細な点では異なっているのに、合意できてしまうということかもしれない。細かい点まで詰めていくと齟齬が出ることが明らかでも、言葉の上では違いが出てこないこともあるかもしれない。違いに気づかないかもしれないし、気づいていてもそしらぬふりで合意に持っていくこともできるかもしれない。違いが言葉の上で表面化しないなら、とりあえずの和解はしやすいのかもしれない。

 

要するに、日本語は和に親和的である。具体例は挙げていないが。