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ynkby's blog

正しく考えるというのは難しい

ジャパニーズ・ドリームを待望する

ジャパニーズドリームという言葉をたまに聞く。アメリカンドリームのまねだろうが、この言葉、アメリカンドリームと同じように使えるのか。
 
中根千枝でお馴染みのタテ社会とヨコ社会の区別を考える。ヨコ社会とは、階級社会のことで、同じ階級との関係は強いが、上層・下層との関係が弱い。異なる階層への移動もできない。カーストのあるインドなどがこれにあたる。一方、タテ社会は、日本的たこつぼ社会で、タテ関係は強力だが、ヨコ関係がない。親分‐子分の関係が社会生活の中心で、親分にとりたてられて、ヒラ社員から始まって社長にまでなったりする。しかし、労働者階級が企業の枠を超えて緊密な連携を築くことはできない。社内出世はできても転職はむずかしい。
 
ヨーロッパは階級社会というから、ヨコ社会にちがいない。だとすると、ヨーロッパから生まれたアメリカもその素地はヨコ社会にちがいない。しかし、歴史のないアメリカは、ヨーロッパよりもタテ移動しやすく、貧民から大富豪に上り詰めることもできた。ヨーロッパでは無理なことが、アメリカでは実現できた。アメリカは自由の国だ。これが、アメリカン・ドリームという言葉の持つ背景にちがいない。
 
とすると、もともとタテ社会であって、社会的素地が異なる日本においては、アメリカン・ドリーム的なことは成立する余地がないということになる。日本ではタテ移動は西洋社会ほどにはどえらいことではない。
 
アメリカン・ドリームがそのまま使えるのは、同じヨコ社会においてだ。とすると、インドでカーストを超えて社会的地位を築くインディアン・ドリームは、アメリカン・ドリームと同じ意味合いで使えるということになる。
 
では、ジャパニーズドリームとは何か。ヨコ社会においてタテ移動の障壁を超えたのがアメリカン・ドリームなら、タテ社会の日本では、ヨコ移動の壁を超えることということになる。たとえば、トヨタの社長が、日産の社長になったり、ソニーの社長がパナソニックの社長になったりすることだ。アメリカで、アイアコッカという人が、フォードの社長をした後、クライスラーの会長をやったりしているように。
 
たこつぼ社会の弊害がますます強調される現代日本において、ジャパニーズ・ドリームの実現が待望される。