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正しく考えるというのは難しい

KARAは愛する文化 『大王から天皇へ』

 

大王から天皇へ 日本の歴史03 (講談社学術文庫)

大王から天皇へ 日本の歴史03 (講談社学術文庫)

 

 

本書は、4世紀から7世紀にかけての日本の歴史を描く。ヤマト朝廷は、5世紀末ごろには治天下大王という称号を使うようになり、7世紀の天武朝の時に天皇という称号を使い始め、現人神として確立する。

治天下大王がつかわれるのは、ヤマトが東国から九州などを含む地域豪族を従え、その統治を確固としたものにしたころ。ヤマトは、異民族を含めた天下を統治しているのですよという主張である。

このヤマトの力を確立させたのは、4世紀ごろからの朝鮮半島交易、そして、5世紀になる頃からやってきた渡来人の支配だ。ヤマトは、鉄を始め、朝鮮半島由来の物や技術を独占した。これを使って、各地域を従わせる、抜きんでた地位を得た。

この時期、朝鮮半島交易は、主に朝鮮半島の南端、加羅と行っていた。この時期の渡来人も加羅から来たという(「伽耶」と書かれたりもするが、ラとヤは古代朝鮮語では同じらしい)。加羅とは、朝鮮半島南部の地域を指すが、もともとはその中の一つの国、金官国のことで、そこは古くは狗邪韓国と言った。このクヤが転じて、カラになったという。

加羅は、対馬の対岸にあり、良い天気の時には見える距離にある。有史以前から交流があり、日本側にとっては、大切な異国、珍しい先進的な外国の文物が入ってくる窓口であった。

そういったイメージをもったカラという言葉は、やがて、韓(から)となって、朝鮮半島全体を表すようになり、唐(から)となって、中国を指すようになり、そして、からゆきさん、に見られるように、漠然と外国を指す言葉となる。

とすると、KARAが日本で人気が出たのは、その名と無関係ではない。KARAの響きは、その出身地、韓を超えて、魅惑的な異国、舶来の感覚を日本人に呼び起こしたからにちがいない。