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ynkby's blog

正しく考えるというのは難しい

どれだけ穢れがきらいなのか 『古事記』

 

新版 古事記 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

新版 古事記 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

 

 

神さまが活躍する古事記には、古き日本の文化が描かれているのかもしれない。そして、一定程度は、現代にも受け継がれているのかもしれない。

古事記神話の見どころの一つは、神さまのエキセントリックな豹変ぶりだ。

伊邪那岐は、最愛の妻である伊邪那美が死んだとき、慟哭し、黄泉の世界にまでいって連れ戻そうとした。にもかかわらず、死んだ伊邪那美に蛆がわいているのを見ると、一目散に逃げ出し、とんでもなく穢れたところに行ってしまったと言って、禊祓をし始める。当然のことながら、伊邪那美とは大げんかしたうえ絶縁してしまう。最愛の妻ではなかったのか。

あるいは、阿遅志貴高日子根は、死んだ親友の天若日子を弔いに葬式に行ったのだが、姿容が天若日子とそっくりだったので、天若日子の父親に、息子は死んじゃいなかった!と間違れてしまう。穢れた死人と間違うとはどういうことだと激怒し、天若日子の喪屋を剣で破壊し、蹴飛ばして、飛び去ってしまった。親友ではなかったのか。

それぐらい穢れが嫌いということだ。それが日本の文化だ。