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ynkby's blog

正しく考えるというのは難しい

寛容と和は、どうちがうのか

 

 

日本の建築を見ると、西洋型の家に、畳とかが違和感なくなじんでいたりする。こういうのが和らしい。

和とは、対立し、相容れないものを和解させ、調和させるものとする。今和歌集に出ている紀貫之の言葉を引く。「力を入れずに天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思わせ、男女の仲をも和らげ、猛き武士の心をも慰むる」

そして著者は、「和」の読みに注目する。
和らぐ(やわらぐ):敵対心の解消
和む(なごむ):仲良くやる
和える(あえる):異なるものを混ぜてなじませる

 

世界の名著〈第27〉ロック,ヒューム (1968年)

世界の名著〈第27〉ロック,ヒューム (1968年)

 

 

一方、ロックは、寛容が大事と言って、異教徒に対する迫害とか拷問を控えるように言う。というのも、そんなことをしても救済にならないし、キリスト者のすることではないからだ。教育とか説得によらないと、信じてないのに強制しても無意味らしい。

先の和の三側面と比べると、敵対心を解消する必要はないし、異教徒と仲良くやる必要もなし、異教徒と混ざってなじむ必要もない。

寛容は、異教徒をどのように扱うべきかの話であって、自分が正しいことは前提だ。異教徒と混ざって自分も変わろうという話にはならない。

寛容は、英語で言えば、tolerance。寛容という訳語もあるが、我慢せよとか、自重せよ、という類のものである。

寛容は、敵対関係のレベルにおいて意味をなすものである。