- 作者: 和辻哲郎
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2011/06/17
- メディア: 文庫
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和辻哲郎は、日本に広まった倫理の一つとして、献身の道徳を挙げる。それが典型的に表れているのが、『義経記』である。著者によれば、この物語の主人公は弁慶であり、テーマは主従関係である。
義経が頼朝に嫌われ逃避行を始めてからがこの物語の本編である。この逃避行では、義経は、あり得ないほど無能になっている。平家を倒す時には大活躍していたのに。そして、弁慶をはじめとする義経の家来が手取り足取り世話をする。無能になることによって、家来の献身が際立つようになっているらしい。そして、最後に、義経も家来も討死、自害する。
この物語が日本人一般の支持を受け、現在に至るまで愛好されているということは、これに描かれた主従関係が支持され、皆が感動してきたということだ。このような主従関係、献身的な家来の奉仕が理想として受け止められたのである。
献身の道徳は現在の日本にも至る所で見ることができる。会社員は、無償で残業する。始業前に出社する。これらは会社への献身である。転職はいけない。献身とは真逆である。会社の業績が芳しくないからといって転職する奴は裏切り者だ。最期まで尽くさねばならない。また、会社員は、手取り足取り上司の世話をする。出張の際には切符から何から全部用意し、出張に同行して飲み物から何から世話を焼く。上司に何かさせてはいけない。会社員は弁慶になることが求められる。そして、それが評価される。
また、献身の道徳は、昨今話題のOMOTENASHIにもつながってる。ものづくりに並ぶ日本のアピールポイントらしいが、おもてなしとは、要するに、お客様への献身である。お客様には何一つ手間をかけさせずお世話する。お客様は義経であり、自分は弁慶である。お客様は神様だという標語が受け入れられたのは、献身の道徳の素地があったからである。
サービス業の世界にとどまらない。プライベートでも客を家に呼ぶときは、すごいおもてなしをする。すごい頑張って食事からお風呂から寝床から準備してお世話する。普通の日本人は、家に客を招くのを嫌がる。献身しないといけないから。シンドすぎるのだ。献身しなくてもいいラフな間柄でないかぎり。客を招くには一大決心が必要なのだ。
弁慶は素晴らしいという価値観がある限り、サービス残業はなくならないし、おもてなしの精神も廃れまい。