ynkby's blog

正しく考えるというのは難しい

昔からいじめはあった 『運は創るもの』

 

運は創るもの ―私の履歴書

運は創るもの ―私の履歴書

 

 

 「御値段以上」かと思っていたが、「お、ねだん以上」だった。そんなニトリを作り上げた社長の半生が語られる。

 そこには数々の失敗談が描かれている。75年に7人採用したが、スパルタでやったので、全員辞めたとか。営業部長に商品の横流しをされた挙句に、一大勢力を20人の社員中16人程の一大勢力を形成され、逆らったら会社をつぶすと脅されるようになったとか。スカウト組に実権を奪われ、余計な口を出さないようにと言われ、鬱になったとか。タイの現地法人の社員の半数が横流しに関与してたので、全員に退職金を払って解散となったとか。

 数々の事態を克服しホームファニシングを打ち立ててきたニトリ社長だが、少年時代は学業も振るわず、いじめられていたらしい。家がヤミ米商売をしていたので、ヤミ屋、ヤミ屋とののしられる。トイレに呼びつけられて殴られる。登校中に長い竹ざおでずっとつつかれ続ける。キャッチボールと称し尻を的にボールをぶつけられる。自転車ごと川へ突き落とされ死にかける。

 いじめ問題を見て、わしが子供のころはいじめなんかなかったという人もいるが、たまたまなかったか、気づかなかっただけにちがいない。いじめはちゃんとあったのだ。

昔から席は譲らない 『戦中派焼け跡日記』

 

戦中派焼け跡日記―昭和21年

戦中派焼け跡日記―昭和21年

 

  本書は、昭和21年の元旦から年末まで一年間の日記であって、当時の生の声がきける。敗戦直後の当時東京の学生だった筆者の生活や思いが垣間見える。

 人間宣言が出て、臣民から国民に新聞の記述が変わった年であるが、筆者は、何よりも敗戦という事実を悔しがっている。アメリカは日本を四等国にしようとしているとして、このやろうと思ている。中でも、ソ連への憎しみが強い。アメリカはちゃんと戦った相手だから、戦勝国として色々やらかすのはまあいいだろう。しかし、ソ連は、日本がやられてから、火事場泥棒のようにやってきてかっさらっていったのであって、こんなのを許すことはできないと。満州から引き揚げてきた人もソ連軍の素行のひどさにげんなりしている。
 ともかく、今にみておれと捲土重来を期している。米軍によって書かれた新憲法に際しても、日本は再び武器を取ることになるだろうと考えている。

 そんな筆者は、故郷・山陰と東京を何度か鉄道で行き来している。あふれかえる満員状態で、デッキにも人が溢れでている。当時の日本人は今より荒っぽかったから、列車の中も結構な喧噪状態になている。席を譲れとか、デッキにあふれ出てる人に向かって寒いから扉を閉めろとか。そんな中、席に座っている人は、狸寝入りで無視している。

 電車で席を譲らない日本人が話題になったりするが、別に最近の日本人が無礼になったわけでも薄情になったわけでもない。昔から日本人はそうだったのだ。

年末大掃除とは何なのか

 

京のまつりと祈り―みやこの四季をめぐる民俗

京のまつりと祈り―みやこの四季をめぐる民俗

 

 本書は、水と火という切り口で京の祭りを切る。

水といえば、祇園祭で、鴨川の水を神輿に振りかける神事がある。これによって鴨川の神を神輿に乗り移らせたりする。山鉾巡行ばかりが目立つが、この祭りは御霊会なので、その点でいえばこっちの方が大事だ。御霊会とは、疫病なんかの原因となる御霊を都の外へ送り出す祭り。御霊を川にながしているのだ。

火といえば、五山の送り火で、お盆にあの世から戻ってきた先祖を供養し、あの世へ送る行事が華美になったものだ。冬には、霜月祭という、火をたく祭りが行われる。御火焚とか大根焚とかの霜月の行事で、冬至というエネルギー枯渇の時期に神を迎え、火によって再活性化を図るのが原型らしい。霜月に冬至があるのは、旧暦だからだ。

では、次の師走は、何なのかというと、この月は、大祓の月で、心身・家屋・生活空間に染み付いた罪・ケガレ・厄を祓い清め、世界を更新する月だ。奈良平安期には、年末なんかに罪を悔い改め災を祓う仏名会が行われ、奈良京都の導師がこの儀式を行うために東奔西走したから師走となったらしい。この月の大掃除は、大祓なのだ。

なぜ日本人は風呂に石鹸をいれないのか 

 


斎川とは、沐浴の川である。
「ゆかわ」と読むらしい。
「ゆ」とは、神聖な禊ぎの水のことで、熱い水のことではなかったようだ。

では、なぜ熱い水になったのか。
温泉だという。
自然に湧き出る温泉は、一番神聖な斎川水だということで、ここから、熱い水が「ゆ」と呼ばれるようになったらしい。

ということは、日本人が西洋人みたいにお風呂に石鹸を入れたりしないのは、湯につかるのは、洗浄のためではなく、禊ぎだからにちがいない。地域によっては、風呂に入ることを湯に入ると言ったりする。禊ぎである。
湯に石鹸を入れたりしたら、禊ぎにならないのではないか。泡がぶくぶくでぬるぬるしてるお湯に入っても、禊ぎというの気分にはならないし。

結論としては、湯川秀樹の「湯川」も、もともとは斎川だったのかもしれない。

なぜ仏教はすたれたのか

 

 

 

 

近代化と伝統―近世仏教の変質と転換 (大系・仏教と日本人)

近代化と伝統―近世仏教の変質と転換 (大系・仏教と日本人)

 

 もうお経を唱えられる人はほとんどいない。そんな教育はされていない。日本は仏教国といわれたりするし、そうだったのかもしれないが、もはや廃れてるんじゃないだろうか。なぜ廃れたのだろうか。

 本書は、江戸時代から明治時代に至る仏教と、日本人の信仰を見る。そこに見えるのは、仏教が、国家との関係を必死で維持してきた姿だ。

 江戸時代。信長とガチで闘ったりした仏教界だが、江戸幕府という強力な支配体制が確立されると、その中に組み入ることにした。
 多くの寺院が作られ、葬儀や年忌法要など家の宗教を受け持った。宗派による協議の違いはなくなり、幕府の支配に資するよう、与えられた役割を果たすようになった。典型的なのが、鈴木正三の説いた職分仏行説で、仏教の世俗倫理化の先駆で、職業労働に励むこと、それが仏行だ、とういうものだ。しかも、それは、幕府の恩顧の元、職分に励めというもので、幕府統治への絶対服従を前提としていた。世俗倫理を強調する近世での仏教の役割を表している。

 時代下って幕末明治に入り、廃仏毀釈という大きな危機が生じたときも、最終的には体制化して生き残ることになった。国家神道のもと、それを補完するものとして諸宗教を統制するという宗教政策に従い、「天皇制国家との癒着によって復興」したとする。
 布教を通して天皇制国家への従属を進め、数々の社会活動(軍隊布教、従軍布教、刑務教誨、その他慈善活動)が、仏教が国家に対し担う役割として引き受けたのである。内村鑑三不敬事件でも、仏教界はキリスト教の非国家主義を糾弾したという。

 ところが、戦後になって政教分離はずっと進んだ。仏教勢力も戦争協力を反省し平和勢力となった。政府と距離をとってしまったのではないだろうか。それまでの体制内補完勢力たることをやめてしまったことが、仏教衰退の原因にちがいない。

バッハの自己満足

 

バッハの生涯と芸術 (岩波文庫)

バッハの生涯と芸術 (岩波文庫)

 

 

「自己満足にすぎない」とかいう。主に非難する場面で。
ある人のために何かやったとして、自分では良いことをしたと満足しているが、実は全然ダメ、その人は満足していない、逆に迷惑がってる、といったような時に使う。要は、自己満足より他者満足のが大事だといった感じか。

ところで、本書は、歴史的には、バッハ・ルネサンスの口火を切ったものらしい。バッハとは、音楽家で知られるJ・S・バッハのことだ。
バッハは、死後忘れ去られていたが、著者がこの本で復活させた。この素晴らしい音楽家はドイツ人だ、ドイツ人は誇るがいい、という感じで紹介した。その後、メンデルスゾーンが、マタイ受難曲をやって、バッハは一般人の間でも復活した。教会の曲を数多く残していたということで、敬虔な作曲者というイメージが定着した。そして、ドイツの3Bとか言われて、現在に至っている。

バッハは勤勉で、大衆の喝采を求めなかったらしい。自分の喝采を求めたという。大衆は人間的であることを欲するが、真の芸術家はすべてを神的なものにすべき者なので、両者は折り合わないからだ。

つまり、バッハは自己満足を求めているが、それでいいということだ。

満足するかどうかは、何らかの評価基準に照らして良い悪いと判断するということだとすると、バッハが満足することと、大衆が満足することが異なるということは、各々が採用している評価基準が異なるということだ。

バッハの自己満足が良いというのは、バッハの採用している評価基準が良いということだ。大衆の満足がどうでもいいというのは、大衆が採用している評価基準がどうでもいいということだ。

ということは、他人の満足を得られることをやっても、その他人の採用している評価基準がダメなものだったら、それはダメなんじゃないのか。盗人の満足するようなことをやって、他者満足が得られても、それはだめかもしれない。

要は、基準の良し悪しが問題なのであり、誰の基準かはどうでもよい、ということだ。自己満足が非難されるのは、その時に採用している基準がダメな場合に限ってのことだが、「自己満足にすぎない」は、その肝心な点には触れず、人に焦点を当てている。自己満足はミスリーディングな言葉、あるいは単に間違っている。

なぜ民間医療はなくならないのか

 

 なぜ民間医療はなくならないのか

ガンなどの難病にかかった時、病院の治療を拒否し、民間医療に進み、回復せず深刻化し死に至ることがある。なぜ民間医療に魅かれるのか。なぜ病院は拒否されるのか。

日本は米信仰の国であった。最近はそうでもないようだが。それは、米を常食するということではなく、米の霊力を信じているということである。

どういうことかというと、米の霊力で、神が、人が、再生するという考えだ。典型的な形でいえば、米を神に捧げ、それによって神の力を再生し、そして、その霊力が人に分与される。

古来、米は常食されてきたわけではない。米はハレの日に食べた。柳田国男的には米を食べる日がハレらしいが、どういう時に米を食べたかというと、再生が必要な時である。出産・結婚・病気・死、重労働、災害・戦争など、不安・危機感に直面する時、心身の消耗に直面するときである。日本人は、再生を必要とする状況において、常に米の霊力に頼ってきたのである。

民間医療が担っているのがこれ。ハレ。霊力による再生である。科学的知見に基づいた現代医療は、この需要にこたえない。したがって、どんなに科学技術が発展しても、病人は、霊力の再生を求めて、民間医療のドアをたたくことになる。

現代科学は霊力の再生という需要にこたえようとするだろうか。デカルトが霊魂と肉体の二つに世界を分け、科学が肉体の世界で生まれ、肉体の世界を超えられない。とすると、科学的知見に基づく現代医療は、霊力再生を取り扱うことはないだろう。

霊魂の世界をハレ、肉体の世界をケ、とすると、民間医療はハレを担当し、科学医療はケを担当しているのである。